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20230203



会社を辞めて、どこにも帰属せず、なるべく何かに依存しないようにと決めて、1年が経つ。


退職する時は、心療内科にお世話になり最終的には辞めて、新たなスタートを切ることにした。

心身の回復にもそう時間はかからず、いまも安定して過ごしている。決して独立しようと思って辞めたのではなく、自然とそういう流れになったのだ。


最後になるだろうと思う会社員生活は、色々な事があったし、会社員だからこそ経験できたなと思うことも、沢山あった。

そんな会社とは、ありがたいことに独立してもすぐに写真の仕事を通して関係性が続いている。僕がまだやり残したと思ったことを、こうして続けられることをとても嬉しく、幸せに感じている。


写真家を軸に活動を始めて1年。

これまで、会社員生活がありながらもマイペースにやっていたところから、明らかに「写真」と自分との距離がかなり近づいた。正直、そうなることにとても恐れていた。もし、写真を嫌いになったらどうしよう、と。


ただ、答えは180度、違った。

もっと、写真が好きになった。


そして、自分の可能性がまだまだあることに気づいた。フイルムにもデジタルにもこだわりもなくなった。

こんなにも写真を撮ることが自分にとって幸せなのかと。


この1年、写真家として、フォトグラファーとしての活動を通してわかったことは、どの写真も自分の分身のようで、とても大事だということ。仕事でさえも我が子のような思いで写真を手放す。


話は変わり、世の中の事に対して、ここで声をあげたいことはいっぱいある。怒り、不安、恐れ、悲しみ。どれもネガティブなことが多くなった。

僕は声をあげるというよりは、ただ淡々と自分が得た情報の範疇で、自分の価値観に基づいて心地よいと思うものを「選択する」という道を進んでいる。


起きている事象に対して反応したり、そうして淡々と自分の中で答えを出していく作業は大事だけど、人生で本当に大事なことは自分が何かを生み出し、残していくかだと思う。

もう色々な事が起きすぎて、一喜一憂するのに飽き飽きした。


表現としても、仕事としても、自分の写真を通して、何か世界がいい方向に変わっていったらいいなといつも思っている。

偉そうな物言いで、自分への戒めでもあるけど、もう権威や名誉やお金などが見え隠れする本来の目的を見失った表現や仕事には懲り懲りだ。

本当にその人が表現したかったもの、やりたかったものだけが見たい。

もちろんお金も含めて様々なバランスが大事なのは理解してるけど、まだまだ世の中の大半はお金で動いているからこそ、表現の土俵には持ち込まれると何かが崩れていることは否めない気がする。


僕はまだまだその境地には達してないけど、やっとスタートできた気がしている。これからも自分のペースで悔いないように人生を過ごしたい。何よりも自分の心身が健康であることが1番だ。


今年も皆さんにとっていい年になりますように。


2023.2.3

小俣裕祐

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ゲルハルト・リヒター展

9月28日水曜日。東京都近代美術館にて開催されているゲルハルト・リヒター展へ行った。 今週末10月2日(日)が展示最終日ということもあって、混雑していた。 1時間毎の整理券で入場人数を制限していて、美術館には14:00頃着いたけど、15:00-16:00の整理券を配り始めていたところで、近くの毎日新聞社が入っているビルで暇をつぶして、14:30頃から並び、会場に入れたのは15:00頃だった。 リヒ

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