今村文 / 花束を贈るために


※展示写真の掲載は、ギャラリーおよび作家さんより許諾いただいています。


2021年11月18日(木)から11月28日(日)まで、東京・代々木上原の「April Shop」にて開催されたアーティストの今村文さんの個展に行きました。


今村さんの作品を初めて見たのは、当時恵比寿にあったwaitingroom で2017年4月22日(土)から5月21日(日)まで、開催された、今村文さんと森田晶子さんの2人展『撫でていかなければならない』でした。初見にも関わらず、何故だかものすごく引き込まれてしまって、作品を購入してしまいました。あれから4年、実は購入したままで飾らずにずっと大切に保管していました。


ずっと額装したいなと思っていたのですが、作家さん本人に直接お願いするのがいいなと思い、今回久しぶりにお会いできたので、額装をお願いしました。下の作品は、今回の展示作品ではなく、wairingroomで購入した作品です。

今村さんの作品は、水彩の切り絵をコラージュしたものです。絵は、封筒色の紙に描いて切り取られています。そして、押し花のようにグラシン紙に貼ってコラージュしています。


花というモチーフに惹かれたことと、実はもう1枚同じサイズの作品を購入したのですが、対にして飾ろうと当時は思っていました。花をモチーフにしたりテーマにした作品を作っている作家さんは、僕も含めて沢山いるけど、花をストレートに表現している気はしなくて、ちょうどいい距離感で、お花なんだけどお花じゃない感覚を受け取れたから、僕には響いたのかもしれません。


今村さんが下記のように語っていることからも納得がいきました。


「お花の絵を描いています。お庭を作ります。お花の絵はどんなに描いてもお花でしかないことが、大切な事だと思っています。お花に意味はないけれど、描きたい、庭を作りたいという気持ちに従って、作れることに感謝して、沢山の無駄や無意味や無価値であることを肯定したいと思います。」


「花」を誰にとっても身近な存在ではあると思うのですが、その眼差しは各々違う様な気がします。僕にとっても、花は花でしかないと感じる時と、花が花でない様に感じる時があります。哲学的な話になってしまうかもしれないけど、花自体に意味はなくて、お花を通して感じている自分の感情が変化しているだけかもしれません。


僕が写真を撮る時に、なんでもいいからただシャッターを押したかったという感覚と近いのだろうか。展示からだいぶ日にちが経過し、この文章を書いて感じている。





----展示について----


「花束を贈るために」


2021.11.18 Thu - 11.28 Sun

13:00-19:00

月火水休み

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今村文

https://imamurafumi.weebly.com/

https://www.instagram.com/fumi__imamura/


April Shop

https://aprilshop.thebase.in/

https://www.instagram.com/smallaprilshop/

東京都渋谷区上原3-3-6-101



(ギャラリーからの紹介文引用)

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「花束を贈るために」


私のお花は、やさしい人のものであってほしいと思います。

私のお花は、悲しい人のものであってほしいと思います。

私のお花は、汚い人のものであってほしいと思います。

私のお花は、ずるい人のものであってほしいと思います。

私のお花は、醜い人のものであってほしいと思います。

私のお花はただお花であってほしいと思います。



①お花の絵について

お花の絵を描いています。お庭を作ります。お花の絵はどんなに描いてもお花でしかないことが、大切な事だと思っています。お花に意味はないけれど、描きたい、庭を作りたいという気持ちに従って、作れることに感謝して、沢山の無駄や無意味や無価値であることを肯定したいと思います。



②技法について

水彩の切り絵コラージュです。

封筒色の紙に水彩で描いて切り取っています。押し花のようにグラシン紙に貼ってコラージュしています。切り取る事で平面であった物が立体になり、また平面に戻る。水彩ですが、作品によっては油絵や刺繍のような多層的な構造になっています。

下地にグラシン紙を使うのは、素材が違う方が切り取った紙の輪郭が際立つからです。色が馴染むように、グラシン紙にはコーパル樹脂を塗っています。糊は大学の時に友人が勧めてくれたアラビックヤマトをずっと使っています。



③今回の作品について

切り絵のコラージュで作品を作りました。水彩のお花は特に、自分の心身体の延長の様な感覚で描いています。昔母の作ってくれたパッチワークのポーチが、ひょっこり出てきたことから、花束で花束を包むようなイメージで作りました。わたパチみたいに美味しいのか良くわからないけれどなんだか楽しい、パチパチする絵になりました。

多くの作品は「花束と包装紙」というタイトルにしました。包むという想像はとてもやさしくて、私を安心させてくれます。丸く整ったてっちん(猫)を両手で包み込む。抱っこは許してくれないけれど、これは許してくれる。私はてっちんを包みながら、私も包んでいる。ほかほか、ふわふわ、いい匂い。それだけでとっても幸せになるのです。


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9月28日水曜日。東京都近代美術館にて開催されているゲルハルト・リヒター展へ行った。 今週末10月2日(日)が展示最終日ということもあって、混雑していた。 1時間毎の整理券で入場人数を制限していて、美術館には14:00頃着いたけど、15:00-16:00の整理券を配り始めていたところで、近くの毎日新聞社が入っているビルで暇をつぶして、14:30頃から並び、会場に入れたのは15:00頃だった。 リヒ